Combined Hard and Soft ~書斎ガレージ~

「八重の桜」ゆかりの地 明神池名水公園(1)  

最近、仕事で福島県出身の方と一緒になる機会があり、「戊辰戦争を生き抜いた会津藩家老佐川官兵衛が官軍の一員として西南戦争に従軍し、戦死した南阿蘇ではいまでも大事にされている」と話したのを思い出し、明神池名水公園を訪ねました。

今回は、NHK大河ドラマ「八重の桜」で中村獅童演じる佐川官兵衛と深い関わりを持つ場所の紹介です。

01_20130618225407.jpg


創建時期不明とされる群塚神社(むれつかじんじゃ)、その鎮守の森の中にある広さ752平米の明神池。
敷地内には佐川官兵衛記念館、そば処 明神そばもあります。

画像の左側に群塚神社、右側に明神そば、真っ直ぐ進めば右側に佐川官兵衛記念館、左側と正面に明神池。

02_20130618225409.jpg


鬱蒼とした鎮守の森に囲まれる明神池

地元の子供たちが走り回り、水を汲む人が絶えず訪れていました。

03_20130618225410.jpg


池に落ち葉が入るのを防ぐためか、鳥が魚を捕るのを防ぐためか、池の上にはネットが張られています。

04a_20130618225515.jpg


透明度の高い水

05a_20130618225406.jpg

08a_20130618225612.jpg

09a_20130618225614.jpg

07a_20130618225617.jpg

06a_20130618225615.jpg


湧水量約2トン/分
ミネラルデータ:7.5pH、ナトリウム10.7mg/l、カリウム6.27mg/l、カルシウム27.7mg/l、マグネシウム7.62mg/l

34b.jpg


最後の出陣の朝、真新しい肌着を身に着けた佐川官兵衛は明神池の水を飲み、辞世の句を詠んでいます。
「君が為都の空を打ちいでて 阿蘇山麓に身は露となる」

官兵衛を副指揮長として南阿蘇に陣を構えた警視隊。
不祥事を起こさぬよう部下を戒め、物資を買うための資金も充分に渡していたため不祥事は起こらず、地元の人たちには優しく接したと伝わっています。

33_20130618225636.jpg


池に伝わる「明神池河童伝説」、河童石に座る女河童の像

明神池河童伝説(案内板の説明文を一部修正)
この明神池に仲のよい男と女の河童が住んでいました。
ところが、いたずらが激しい男の河童は神の怒りに触れ遠くの地に追放されます。
女の河童は池の中の石の上で彼の帰りを待ちました。
しかし、桜の咲く春、木の葉が舞い散る秋、木枯らしが吹き荒ぶ寒い冬になっても彼はついに帰ってこなかったのです。
彼を待つその姿は悲しく哀れで人々の涙を誘っていましたが、その姿も今はなく、石だけが昔のままポツンと残り、人々はその石を河童石と呼んでいました。

平成九年この伝説に基づき彼の帰りを待ち続け悲しみの中でも希望を持つ女河童の姿が河童石の上によみがえり、建立されました。

※水面が浮き草などに覆われて地面のようにも見えますが、ここも池です。

10_20130618225639.jpg


昭和28年の大水害とその後の整備のため現在の752平米の面積となった明神池、かつては5,070平米の広さを誇った沼沢湖でした。

熊本県庁HP「明神池水源」
http://www.pref.kumamoto.jp/site/arinomama/myoujinike.html



スポンサーサイト

category: TRAVEL

thread: ちょっとおでかけ - janre: 旅行

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://brassbadge.blog.fc2.com/tb.php/655-fae4891a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)